宇宙空間の軍事戦略 5
今回の打上げを一層印象深いものにするために、スプートニク2号には乗客が乗り組んでいたのです。
犬のライカです(ライカとはロシア語で大きくたくましいという意味)。
その1ヶ月後、米国の用意がようやく整いました。
海軍のバンガード衛星の打上げ準備が整い、秒読みが開始されます。
1957年12月6日、スプートニク1号からわずか2ヶ月後に、米国は2つの超大国の間で競われることになる、宇宙でのマラソンレースに参加する準備を整えたのです。
けれどもそれはスタートからつまづいてしまいました。
バンガード打上げロケットは点火2秒後に推力を失ってしまい、軌道への打上げは完全に失敗でした。
米国の科学者たちがようやく成功を収めるのはそれから2ヶ月後、年も明けた1958年1月31日のことでした。
この日エクスプローラー1号が軌道に打上げられ、その信号は5ヵ月後に消滅するまで受信され続け、バン・アレン帯と呼ばれる地球を取り巻く自然放射能の帯を確認したのです。
衛星自体は1970年代初期に自然消滅するまで、軌道飛行を続けました。